さきイブ?イブさき?

 52日目。

 昨日の台風の夜、3通のLINEがタイムラインを騒がせた。台風の夜、部屋の異音を怖がった和泉一舞(以下イブ)が春日咲子の家に泊まりに行ったという。ぼくはLINEを受信して10秒でTwitterにこう書き込んだ。

 LINEを受信した瞬間ツイートするという状況にテンションが上がってしまい、若干イキっているがそれはよしとしよう。問題は『イブさき』とぼくが直感的に判断して、そう書いたことだ。

 その後タイムラインを追っていると、何やら様子がおかしいと感じ始めた。誰も彼も現在のお泊り状況を『さきイブ』と表現しているのだ。これは、不思議だ。ぼくは咲子は受けだと思っていた。

 腐のみなさま方がこれまで築き上げてきたカップリング記法では、先に書かれる方が攻めだ。用語でいうとタチだ。後ろに書かれる方が受けで、ネコということになる。レバニラでいうとレバーが攻めでニラが受けということだ。ちなみに『ここなつ』はココナッツとかけたダジャレなどという意味ではなく、心菜がタチという意味である

 ぼくは判断に困った。このカップリング記法がひなビタ♪界隈にしっかり浸透しているのかどうかの判断がつかない。この界隈は結構若い子が、多い。ゲームセンターでの音楽ゲームに端を発するものであるから10代が少なくない。このカップリング記法なんか気にせずに語呂の良さでさきイブと言っているかもしれない。確かにイブさきっていうと食戟のソーマの極星寮で燻製を作っている人みたいで語呂がよくない。逆にちゃんとカップリング記法を意識して、「咲子がタチだ!」という強い意思でもってしてさきイブを表明しているのかもしれない。若い子はしっかりもしている。その可能性は高い。

 『ひなめう』という概念がある。星見日向と芽兎めうのカップリングだ。もし「めうひな」でグーグル検索を行っても、ちゃんと『ひなめう』の結果が出る。星見日向と芽兎めうのカップリング記法は正確に成立している。確かに星見日向は隙あらば女子中高生を喰らいたいと思っているバリタチ女子大生だから、誰かの後ろに名前が書かれるということは考えにくい。この概念があるならば、ひなビタ♪界隈にはカップリング記法がしっかりと浸透していると考えていいだろう。

 では何故『さきイブ』の方が多かったのだろうか。一つ思い当たったことは、プラトニックな関係性であるなら咲子が優位なのではないか。例えば添い寝する場合だ。春日咲子の部屋はシングルベッドで、お客様用の布団は普段橘辰巳というおじさんが使っていて、キレイにはしているがとても女子高生には使わせられない。自然、泊まるのならば同じベッドで眠ることになる。家主であることの優位性もくわえれば、イブをベッドに誘うのは咲子の方になるのだろう。これがさきイブの真実だ。Q.E.D

 最近ぼくのツイート、誤字も多いからあんまり慌ててつぶやこうとするのもよくないなという反省を込めたブログでした。 

弦巻こころの夢女になってしまった男

 51日目。

 今日はツイッターに投稿しようかと思ったような小ネタを思うように140文字にまとめるのがめんどくさくて、投稿しなかったやつらを供養するようなブログです。

 ・ガルパのハピハロの楽曲が好きすぎるゆえに弦巻こころの夢女になってしまった男

 ハピハロの曲、一番好き。みんな好き。だいたい好きなんだけど、特に『ハピネスっ!ハピィーマジカルっ』がもう特にダメ。泣けてきちゃう。バンドストーリーでもわかるように、ケガのリハビリに対して勇気がでなくて、最初の一歩を踏み出せない女の子に送るための勇気が出る曲ですよ。これが弱いオタクであるぼくに刺さってしまう。弦巻こころのような強くて可愛い女が弱者を引っ張り上げる歌しか聴きたくない。その昔、ラ!にNo bland girlsという曲があって、それも勇気を送る曲なんだけど、それにも弱かったのも今思うと当然のようだ。弱すぎる。ぼくに足りないの、勇気だ。

 ぼくの人生における夢女との関わりというのは、妹が中学生だった時(10数年前だ)に家族で共用していたノートパソコンの検索履歴に「○○(ジャニーズjrメンバーの名前) 夢小説」と入力されていたことを見た以来だ。ぼくはその時見て見ぬフリをして過ごしたが、内心では「こんなに近くに夢女が居たのか」と思っていた。そのぼくがまさか2017年にもなって弦巻こころの夢女になるとは思いもしなかったね。弦巻こころの周囲で常に付き従う黒服にしかなりたくない。「あなた、面白いわね!」とか言われて黒服になるようにスカウトされたい。弦巻家から出されるお給料でしか生活したくない……。

 人を夢女というバケモノに変貌させてしまう二次元キャラクターって、背景に経済力を持っていることが多くないですか?これは偶然ぼくを夢女と化してしまった弦巻こころがめちゃんこ金持ちだったことからの発想なんですけど、世界で一番夢女を発生させたと思われるテニプリのA氏も結構な金持ちだと思うと信憑性あると思うんですよね。夢小説の数が多いキャラクターランキング上位10名のお家の資産を全て合計したらウォーレン・バフェットくらいは越えてくるんじゃねーかな。こういう背景を読み取ると、世界にはびこる格差社会の影響がオタク界にも深刻な影響を及ぼしていることがわかってなかなか楽しいですね。世界の富の90%を二次元キャラクターに握って欲しい。

 ガルパの音ゲー部分、なかなか難しくて困ります。今はEXの25あたりに手をつけ始めたあたりです。ロメオEXは曲が好きすぎてクリアできるようになりました。ノーツ数だけを見てるとEX25は500~600ノーツくらいで、ぼくが結構プレイしているjubeatで言うとレベル8くらいの難易度なんですね。で、ぼくはjubeatではレベル8なら大体98%ぐらいは安定してperfectを出せる腕前で、手の忙しさなんかも考えるとよっぽどjubeatの方が難しいはずなんですけど、それでもガルパはまだあんまり上手くない。そう考えるとやっぱりリズムゲームは目で見る能力がかなり重要なのかなって思う。奥からノーツが流れてくるゲームはSDVX、チュウニズム等があるからそのゲームを日常的にプレイしている人はガルパでかなり有利そうで羨ましい限り。あ、スマホ音ゲーとアーケードタッチパネルゲームのプレイフィールについて思うことがあったんだった。明日はそれ書こうっと。

 時間がきたので終わります

いいすぽ!のゲームへの愛について

 50日目。

 今日は闘神祭という格闘ゲームの全国大会があった。今年の8月から全国のタイトー系ゲームセンターで予選が行われていた、いわば格闘ゲームの甲子園のような大会だ。ぼくが愛してやまないギルティギアのレギュレーションは3人でチームを組んで出場する3on3形式で行われる。この形式は10年以上前に行われていた闘劇という大会のレギュレーションを模したもので、昔からこのゲームをやっている人ほど思い入れがあることだと思う。

 格闘ゲームの大会は格闘技をモチーフにしているだけあって格闘技の興行のように例えられることもある。しかし1dayトーナメントで、応援しているプレイヤーが次々と負けてしまい、残っているプレイヤーから次は誰を応援しようか、なんて思案していると、むしろ格闘技よりも高校野球に近いのだ。一節目で闘神祭を甲子園に例えたのが伏線です。

 海外のスマブラプロ界に"ZeRo"というチリ人のプレイヤーがいる。彼は勝利することを至上として、観客から"汚い"と思われる戦法でも使うことをいとわなかった。大会で勝っても彼には拍手が起きず、ブーイングが起こる。ツイッターでもファンのコメントはなく、アンチのヘイトコメントばかりだ。大会中に妨害を受けることもあったという。プロレスのようにヒール役として彼がその役を演じていたのならこんなことにはなっていないだろう。むしろ2013年の高校野球花巻東・千葉くんを思い出す。

 明らかにゲームシーンがショーではなくて、高校野球のようなドラマであることを求められている。でもゲームシーンには、甲子園のような散る美しさや、これからプロとして萌芽する期待のようなものはない。大会が終わっても、プレイヤーはゲームを辞めない。全てのプレイヤーがプロと同じ場で活躍できる権利を持っている。

 ドラマを生み出すにはプレイヤーの人物像を知らなければならない。甲子園は各校に取材を行って、メディアがどういうチームにどういう選手がいるのか詳細に報道する。でもゲームは、オタクだ。ゲームのオタクはゲームのオタクのことを知りたいが、オタクじゃない人間と、ゲームのオタクではないオタクはゲームのオタクのことを知りたくもない。オタクくらいはゲームのオタクに優しくしてやってくれ。今時格闘ゲームをやってる奴なんてと言ってバカにされてる人たちを見ると、辛い。

 フジテレビONEでいいすぽ!という競技ゲームの大会を生中継するテレビ番組がある。ぼくはあの番組が好きだ。多分フジテレビが制作してきた番組の中で一番好きだ。大会を実況するアナウンサーはゲームに登場する用語を事前に調べる下準備を入念に行い、格闘ゲームの難解な名前の技をちゃんと画面を見て識別して、言う。そのゲームを知っていないとできないことをする。解説にもこの人が解説するなら間違いないとオタクが思う人を連れてくる。ポップンミュージック大会での解説席にポップンのトッププレイヤーであるTATSU氏が座った時は心底驚いた。KONAMIの公式プロのDOLCE.のようにメディア慣れした人物ではない。番組制作の観点からみても、メディア出演者として全くの素人のTATSU氏を呼ぶことはバクチだっただろう。ここまでオタクに優しくしてくれるのかこの番組は、と思った。

 この番組では1回戦開始前には大会に出場するプレイヤーの紹介VTRが作られる。これを見るためにぼくはいいすぽを見ていると言っても過言ではない。時には大阪や名古屋などまで出張ロケを行って、そのプレイヤーの人となりやゲームをやり込む生活について教えてくれる。やはりその人が持つ背景を知ってから見るゲームは断然違って見える。

 MCのバカリズムが出演するプレイヤーたちをいじるサマでさえ、この番組のゲームとそのオタクたちへの包み隠しきれないほどの愛の照れ隠しであるようにしか見えない。オタクに優しくしすぎるとつけあがるから、そうやってバランスをとってるんだね。

 時間がきたので終わります。

本物の強い魂と出会った話

 49日目。

 格闘ゲームがなぜ廃れたのか、という話題をネットの中でよく目にする。そういう議論の中でどういった理由が挙げられているかというと、ゲームシステムが悪い(コンボゲーであることとかだ)とか、格闘ゲームコミュニティが悪い(初心者狩りや対戦マッチングの不備)だとかっていう理由が挙げられているんだけど、それは全て一つずつの要因でしかない。それらをまとめてぼくなりの言葉に言い換えると、格闘ゲームは魂をすり減らしてしまうゲームであり、魂を賭ける価値が低いゲームなんだ。

 世界のe-sports競技の主流はチーム戦だ。大抵4人以上の魂をゲームに賭けることができる。人によっては自分の魂は賭けずに済む。負けたとしても自分の責任はないと思い込むことができる。1対1の競技ゲームはそうはいかない。負けて、対戦相手にマウントをとられると否応なく自分の魂がすり減ってしまう。

 e-sportsの中でもとりわけ格闘ゲームは将棋や囲碁などのボードゲームの世界と同じように例えられることが多い。1対1競技ゲームで全ての責任が自分にかかるところが最も重要な共通点だ。それらでも日々奨励会などでしのぎを削る競技者たちは同時に魂を削っている。負けて、悔しくて、どれだけやっても勝てなくて、勝負の世界から去るものも多い。勝ったものでさえ魂をすり減らしている。勝てば相手を負かしたことになり、対戦相手が勝負の世界から去るリスクを持つ。自分が競技を続けるためには相手を殺し続けなければならない。勝負の強さには相手が競技を辞めてしまってもいいという心の強さも含まれている。

 格闘ゲームが隆盛を極めていた時代、ゲームに魂を賭けているものはいなかった。みんな格闘ゲームをするのが初めてだったから、賭け方も知らなかった。ただ好奇心のみで始めて勝負に挑み、勝ち負けが決まって次第に魂がベットされるようになる。魂がすり減って賭けられるものがなくなった奴からゲームを辞めていく。それだけの話だ。

 現在の格闘ゲームコミュニティの中でも全ての人間が魂を賭けているわけではない。そういう歴史があったからいつしか自分の魂を守る方法を編み出した。エンジョイ勢というやつだ。勝っても負けてもゲームを楽しんでいるだけだから問題ないと言って、魂の摩耗を防ぐ。自分と近い人間とだけ身内プレイをして、目新しいゲームを渡り歩いている。ある特定の一つのゲームに対して与する存在ではない。

 格闘ゲームが復活するにはどうすればいいか。ぼくは無理だと思っている。1対1対戦競技で魂をすり減らしていくことに耐えられる人間はほんの一握りだ。そしてそういう強いメンタルを持つ本物の強者は格闘ゲームに出会わない。ジャンルの復活とまでするには全人類がそれに耐えられるメンタルを備えなければならない。

 3年前のある出来事の話をしたい。電撃文庫FIGHTING CLIMAX(以下電撃FC)というゲームがあった。ぼくはそのゲームでそこそこ上手い、中級者くらいのプレイヤーだった。ゲームが発売してから1ヶ月くらいたったある日、夜の23時くらいだったかな、いつものようにぼく含めて2人しか入れない対戦部屋を立てた。すぐにとあるプレイヤーが入ってきた。名も知らない雪菜(ストライク・ザ・ブラッドのキャラクター)使いのプレイヤーだった。ぼくは黒雪姫(アクセル・ワールドのキャラクター)を使っていて、対戦が始まった。

 そしてぼくが20連勝した。時間にしたら1時間くらいだ。相手は初心者というほど弱くもなく、中級者というほど強くもないといった腕前だ。電撃FCというゲームは1R目を取ったプレイヤーが圧倒的に有利になるゲームで、それまでの全ゲームにおいてぼくが先手を取った。実力差は明白だ。でも雪菜使いは連戦を希望する。

 最終的にぼくが200連勝して、ぼくが"折れた"。時間は朝8時を過ぎていた。彼はまだ試合を希望していたが、ぼくはもう続けられなかった。ぼくは9時間以上の対戦中、全ての試合に勝ったが、魂が先になくなったのはぼくだ。この構図は『帰ってきたドラえもん』と同じだ。ぼくがジャイアンで、雪菜使いの彼がのび太だ。夜中にのび太に起こされたジャイアンがケンカを挑まれて、ジャイアンは何度ものび太をボコボコにするのだが、のび太は諦めない。何故ならば。のび太の背景にはドラえもんがいる。のび太が強くなったことを示さないとドラえもんが安心して未来に帰れないから。のび太は諦めずにジャイアンに挑み続け、ついには「俺の負けだ」というセリフを引き出す。完全に今電撃FCにおける対戦で起きたことと同じだ。ぼくは勝ち続けた果てに、負けて、折れて、対戦を辞めてしまった。

 でも雪菜使いの彼の後ろにはドラえもんは居ないんだ。ドラえもんが居ないのに、彼は戦い続けた。彼は自分の魂をベットしていただけだ。その魂は200回負けてもまだ残って強く燃え上がっていた。彼のような人間こそが真の格闘ゲームプレイヤーになりうる存在だ。本当の強者だ。格闘ゲーム界に残された最後の希望だ。

 格闘ゲームがなぜ廃れたのか、そういう話題を見るたびに彼のことを思い出す。みんなが彼のような強い魂を持っていれば、格闘ゲームは廃れなかった。人より多少ゲームの上手いぼくでさえ持っていなかった。それだけのことなんだ。

 今日は時間オーバーでーす

姉妹百合について思うこと

 48日目。

 姉妹百合というものがどうも苦手なことに気がついた。ガルパをやってるとよく目にするカップリングが『ミッシェル×弦巻こころ』と『氷川紗夜×氷川日菜』の姉妹カップリングだ。後者がどうにも刺さってこないことに気付いた。何がどうダメなのか自分に向き合ってみる。

 姉妹百合というと、今年『出会い系サイトで妹と出会う話』がTwitter上でバズり、単行本も出た。しかしこれもあまり刺さらなかった(単行本は百合界への投資で買った)(ダメな先輩×できる後輩は良かった)。同作者がweb上で連載を始めた『ゆりなつ』という姉妹百合作品もあまり刺さっていない。

 どうもインセストタブーを同性間の恋愛にも持ち込んでしまっている疑惑がある。いずれは同性間でも子供ができるようになると科学の未来を信じていることと、今現在の実際の科学や法律と、更に言えばフィクション上における近親恋愛の話が複雑にごちゃまぜになってる結果なのだと思う。ぼくの愚かしさを笑ってくれ。

 そもそもゼロ年代初頭にインセストタブーを取り扱った恋愛漫画が多数出版されていて、それを大体思春期に読んでしまったことが原因なのかもしれない。あの頃に出版された作品は兄妹なんかの恋愛の当事者以外は強烈に差別的なインセストフォビアばかりで、彼らに理解を示す味方はおらず、周囲に近親相姦が発覚することを恐れ日々隠れ潜むように暮らしている作品ばかりだった。近親相姦が発覚しようものならば「誰も知らない土地に逃げる」というオチが待っていたり、恋愛の当事者でさえ血の繋がった肉親を愛してしまったことを嘆いた悪夢のような作品ばかりで今になって思い出してみるとなんであんな陰鬱なだけのものを読んだのか。絶対に読み返したくない作品群だなと思う。

 そういう意味でいうと前述の『出会い系サイトで妹と出会う話』は底抜けに明るい。テレビクルーと偶然遭遇しインタビューを受ける際に「この子妹なんですけど、私達付き合ってますイエーイ」みたいなノリでメディア発信してしまうシーンもある。思春期にこういう作品に出会っていたならば今こんな鬱屈とした感情を持つこともなかっただろう。

 同性だから生殖能力もないし~みたいなことを言ってると、トランスジェンダーの姉が性別変更をして、生殖能力を有したまま弟と同性者として結ばれるなかなか政治色の強いケースにぶち当たった時に両手をあげて降参するしかなくなるので、あー、いや、この話はやっぱりやめよう。

 百合よりももっと規模の大きな腐のみなさまが近親同性愛についてどう思っているか調べてみたいと思って検索をしてみたのですが、『兄弟カプ 地雷』などでサーチするとありとあらゆる膨大なジャンルの地雷案件が情報爆弾としてぼくに襲いかかってきてぼくの求める正確な情報を見つけることができなかった。こういうところにも腐のみなさま方の強さ、大きさ、莫大なバイタリティを持っているところを感じてしまい敗北感に苛まれました。

 そもそもぼくに実際に妹がいることも問題なんじゃねえのかなと、姉妹がいるオタク全員が1億回考える問題にぶち当たるんですけども。ただ近しいところにいるというだけの人間に性欲を向けることの不誠実さを感じるのだが、血の通った兄弟に対して「近しいところにいるだけの人間」と考えるのも全くもって社会性がないというか、変わろうというのに厭世観を引きずってる感じがしてますます自分が嫌いになるな。

 巷にあふれる姉妹百合カップリングを並べてみて、これは苦手、これは大丈夫と分類していると、龍田×天龍の姉妹艦擬人化カップリングに辿り着き、これを許容できるということはやはり実際の血縁関係をぼくはもっとも重視していて、ぼくの中にある近親同性愛を忌避する感情の正体は昔読んだインセストタブー漫画にあるということがわかったので、いつかこれを乗り越えるしかないと決意を新たにしました所存です。とりあえず明るめのテイストの作品で無機物の姉妹を擬人化した作品からやっていこう。今は宝石の国という神アニメがやってるんだ。大丈夫だよ。

 時間がきたので終わります

『柚子森さん』の10月現在の連載分の感想

 47日目。

 百合漫画『柚子森さん』の現在の展開を読み解いて今後の展開を予想する話。

 柚子森さん、面白いですね。現在3巻まで刊行中で、3巻では主に仲良くなった2人が夏休みに睦まじく遊んだり、柚子森さんの同級生が何か不穏な動きを見せ始めたりしたといった内容になっております。4巻収録分になりそうな、webで掲載された20話から25話までは柚子森さんの同級生"りりは"が謀略を巡らし、柚子森さんとみみかの間を引き裂くといった展開になってます。

 注目したいのは柚子森さんとみみかの力関係の逆転ですね。これまではみみかが柚子森さんを好きで好きで、仕方なくて、でも相手は小学生だから我慢して、というお話でした。しかし現在の展開ではりりはに柚子森さんの学校生活が孤独であることを聞かされて「それは自分と遊んでるせいでは」と思い込み、柚子森さんと一緒に居るのを辞めようとします。その際、「貴方のことが嫌いになりました」とキッパリ言ってしまいます。

 ここで今まで柚子森氏が優位にあった力関係が逆転しました。ここから更に逆転することがこの作品の山場になるわけです。夏休みの遊びにその要素は散りばめられていますね。そうです、ストリートファイター5です。柚子森氏が野間みみかの家に夏休み入り浸るようになって、二人で遊ぶゲームです。最初は格闘ゲームなんてプレイしたことないだろう女子小学生ですからおぼつかない手つきでゲームをして、みみかも手加減しながらワイワイと遊んでいたことでしょう。しかし夏休みも終盤になると、柚子森氏の生来の要領の良さと他人の心の機微を読み取る能力が格ゲーと噛み合い、いつしか本気を出した野間みみかと渡り合うような勝負ができるようになります。殺意の波動に目覚めた柚子森はついには野間みみかを負かしてしまうのです。これが今後行われる力関係の再逆転を示唆しているのです。

 現在の展開にはツイッターで感想を見てるとネガティブな意見が散見しているのだけれど、その大きな理由が"りりは"が柚子森氏と野間くんの仲を引き裂こうとする理由が不透明であることかもしれません。小学生モデルをやっている"りりは"よりも美しい柚子森氏に嫉妬しているというのが不確実ながらも挙げられる理由ですが、それに実際に仲を引き裂いた実行犯とも言える五十鈴が付き合っているのも不可解なので、先にそっちを処理しておいても良かったかなとも思います。しかしみみかが突然自分のことを嫌いになった理由は何かを考える柚子森氏がその持ち前の推理力で"りりは"に行き当たるという理知的な部分を見せてから動機を解明するというのも物語的にアガりますよね。

 そもそも嫌いになったと言われた瞬間に問い詰めにかからないのが柚子森氏らしくて本当に好きだ。あの場面で泣きそうになりながら「どうして嫌いになったの」なんて言い出したらヤンデレっぽいもんな。一旦この話を持ち帰って、氷よりも冷静になってから全てを洗い出して、「やっぱりみみかは私のことを嫌いになっていない」という確信を持ってから場を改めて問い詰めるのが柚子森氏なんですよ。それが今後連載上で展開されることが楽しみで仕方ないですよね。

 江島先生はプリパラでらぁみれがお好きだとよく仰ってるんですけど、これも柚子森氏と野間くんの関係に少し似ている部分がある。みれぃは自分のことをらぁらのお姉さんのような、あるいはかれぴっぴのような存在だと思ってるんですけど、実際はらぁらから貰ったプレゼントを紛失した時に「らぁらに嫌われたくないぷり~」とか言ってめちゃくちゃ怖がって秘密にしちゃう依存女なんですよ

 時間がきたので終わります

怒りの矛先

 46日目。

 今日は書くことがないので最近怒っていることを羅列していこうと思います。

 ・ファイアボールユーモラスが月1放送なことについて。

 これの何に怒っているかというと、録画設定が面倒くさい。ぼくのテレビの視聴環境はTVカードをPCに挿して付属の番組表ソフトで予約視聴したり録画する感じなんだけど、そのソフトの録画設定は月1で最新の回だけを録画するみたいな器用なことができない。最も細かくしても毎週金曜日の21:50から22:00までの放送回を録画する、みたいな設定しかできなくて、毎週リピート放送回も録画してしまっている。これをいちいち削除するのが面倒くさい。なんとかしろ。

 ・コンビニでもらえる100円ライター。

 コンビニでタバコをカートン買いするとサービスで100円ライターを貰える。タバコ10箱吸うまでにライター1本使いきるわけもないので、カートン買いを続けているとそのうちライターが貯まってしまうのだが、そういう時はライターを断るべきだ。けどワンタッチで火が点くタイプの電子ライターなら欲しい。逆にフリントホイールで火花を散らして着火するタイプのライターならいらない。そんな感じだ。毎回コンビニでタバコを買う時「ライターはおつけしますか?」と聞かれて、一瞬逡巡する。「どっちのタイプのライターだ……?」でもワンタッチ式なら欲しい、フリントホイールならいらないとは言えないよ。それでいちかばちかでライターくださいとお願いすると大体フリントホイールのやつがくる。それでぼくの家にはいらないフリントホイールのライターが貯まっている。キレそう。いい大人だし、オタクなんだからジッポとか使えよと自分で思ったりするのだが、あれはカッコいいけど面倒だよな。オイル交換しないといけないしメンテもあるし。お金がかかるのはいいんだけど面倒なのはダメだよ。

 ・誰とでもSEXできるようになった世界というエロCG集

 ↑みたいな設定のエロCG集って結構ありませんか?そういうの大いに結構なんですけど、何故かそういう設定のエロCG集って最初にSEXする相手が妹だったりしませんか?意味がわからない。お前の世界、解像度が低すぎる。

 大体1ページ目にこれこれこういう理由がありまして、誰とでもSEXできるようになりましたという説明をしたあと次のページで妹を狙い始める。どうしてそうなるのか俺に教えてくれ。

 ・V2Cというツイッタークライアントについて

 ぼくが使っているツイッタークライアントはV2Cだ。元々2ch(現在は5chである)(という注釈を入れたくて仕方がない)専用ブラウザとして開発されたアプリケーションで、ツイッター閲覧機能も搭載しているというのがウリだった。現在は開発が終了して、有志が各所の仕様変更に対応した改造版が配布されている。これ、ツイッター2ch(現在は5chである)を同時に閲覧できてめちゃくちゃ便利なんですけど、ツイッターの機能が若干使いにくい。まずリツイートとfavを1クリックで行うことができない。該当のツイートを右クリックしてコンテクストメニューから選択して行わなければならない。これが面倒くさい

 時間がきたので終わります。